会社のオーナーが自社を売却する理由は、後継者不在、売却資金を元手とした新規事業の展開、事業分野の選択・集中など様々ですが、いずれの場合であっても共通の主要な関心事は、総じてその売却価格にあります。
しかしながら、日本の中小企業のM&A、特に非上場のオーナー会社の売却では、非常に低い価格で売却してしまう案件が多く見られます。買収者は数年後にその会社を買収金額の倍近くの金額で売却してしまうような事例も珍しくありません。
なぜオーナー会社がこのような非常に低い価格で自社を手放してしまうのでしょうか。それは売却プロセスにおいて以下の問題が生じていることにあると考えられます。
1 自社の収益性に関する情報を十分に把握していない
製商品・サービスの販売単価・数量や対応する原価、利益に関する実績数値を十分に把握しておらず、そのため将来の見通しについても合理的に説明できない
2 自社の価値を適切に把握できていない
事業計画も作成しておらず、売主は非常に簡便的な方法で自社の価値を検討するにとどまっている。また、買主も不十分な情報のもとで対象会社の価値を測定せざるをえない
3 取引先候補を1社に限定して売却交渉を行っている
1及び2と相対取引が相まって、買主は保守的な買収金額を提示することになり、売主はその金額が妥当であるか十分に判断しえないまま条件を受け入れる
といったことが往々にして起こっているのです。
したがって
- 売却交渉に入る前に事前調査(セルサイドデューデリジェンス)を実施し、必要な情報を入手・整理すること
- 会社独自の将来の収益獲得能力を反映した企業価値評価方法を採用すること
- 買収候補先の選定は可能な限り競争入札で実施すること
が売却の成功の必須条件となります。
会社売却の成功を実現する要件
事前調査(セルサイドデューデリジェンス(DD)の実施)
(A) 売却リスクの把握
セルサイドDDとは、売主のアドバイザーが、買主候補によるDDが行われる以前に売却対象会社・事業の調査を実施することであり、これにより重大なリスクを事前に洗い出し、その対応策を検討・実施することができます。
非上場のオーナー会社の多くは、ガバナンスが相対的に弱く、法務・労務面や会計・税務面などに関する規制遵守の観点から問題点を抱えていることや、その問題点自体を認識していないこともよくあります。
買主候補によるDDにおいて重大な法的手続の遵守違反、粉飾等の不適切な会計処理、これによる潜在的な税務リスクなどが発見されると大幅な買収価格の下落のみならずディール自体が不成立になる可能性も高まります。
したがって、リスクを早期に発見し、可能な限り瑕疵を治癒し、売却にあたって残存するリスク負担を最小化する方策を検討しておくことが重要になります。
(B) 事業計画(プロジェクション)に必要な情報の収集
M&Aは会社の将来の事業を売買する取引であることから、将来獲得が見込まれる利益・キャッシュの大きさが会社の価値を測る指標となるため、合理性を有する事業計画を作成することは、自社独自の価値を把握するために必要です。
しかしながら、 非上場のオーナー会社は、管理会計が脆弱であることが多く、製商品・サービス別の販売数量及び単価やこれに対応する原価及び利益に関する情報を管理できていない、子会社・関連会社がある場合の連結損益や複数事業を営む場合の事業別損益などの数値を管理していないなどの問題点が頻繁に見受けられます。
このような管理状況では、事業別、製品・サービス別の原価・利益率の実績がどのように推移していたのかが判明せず、今後の売上高見込に対しても原価、利益がどのように発生していくのかを明確に予測することが困難となるため、根拠のある事業計画を作成することが困難となります。
自社の価値を合理的な評価方法で把握できないと、売却価格の目線もあいまいとなり、価格交渉も買収候補先の意向に左右され、想定よりも低い価格で売却してしまうことになりかねません。
したがって、まずは社内に存在する各種データから製商品・サービス種類別・事業別の販売実績データや実績原価の集計可能性などの調査を実施し、事業計画作成の元となりうる実績情報を集計・作成できるのかについて検討すべきと考えます。
適切な企業価値評価
売却価格が高いまたは低いと認識できるのは、当然に比較対象となる価格が存在するからです。例えば、不動産であれば公示価格や路線価などの情報や地域や面積などが類似する売買取引の存在などから、他の物件価格と比較して高いまたは低いと認識することができます。
しかし、会社の場合は不動産のように自社と同じような業種や規模、収益性の会社が売買される取引事例がほとんど存在せず、また仮に存在したとしてもその取引に関する情報を入手できるケースは極めて少ないと想定されます。
そこで会社の売却では、適正な売却価格を検討するための基準として、自社の価値を適正に測るべく理論的な企業価値評価手法を用いて算出することが不可欠です。
企業価値評価手法は①インカムアプローチ、②マーケットアプローチ、③コストアプローチの3種に分類されますが、M&Aは将来の事業からもたらす価値の売買であることから、基本的にはインカムアプローチ及びマーケットアプローチが使用されます。
(「売却における企業価値評価の重要性」参照)
しかしながら、中小企業の企業価値評価は一般的な評価方法とは異なるような説明を行い、評価目的に合致しない方法や全く理論的ではない方法によって明らかに不適切な評価額を算出するようなことが多々見受けられます。
この結果、自社の価値を見誤り明らかに低い価格で売却してしまうという事態を避けるためには、アドバイザーの行った価値評価について、その結果だけでなく評価方法の妥当性を検証することが重要になります。
買収候補先の選定方法
買収候補先の選定は、ターゲットリストを広く作成し、そこからいくつかの要素を勘案してターゲットを絞っていくプロセスをとることが通常です。この要素には潜在的なシナジー効果や買収のための財務能力などがあり、スクリーニングの過程においてこれらを調査分析していくことになります。
その後、選定された複数のターゲットに対して売却の打診を行い、これに応じた複数の買収候補先と同時に交渉を進める競争入札により案件を進める方が、相対取引で進めるよりも競争原理が働くことで売却価格が高くなる効果が見込まれます。
ただし、買収候補先を選定するにあたっては、ターゲットスクリーニングのプロセスにおいて適切な買収候補先をリストから漏らしてしまうリスクや、候補先が多すぎることによる情報漏洩リスクなどに注意しなければなりません。
結論
非上場企業のオーナー会社の売却では、M&Aプロセスはアドバイザー主導で行われることが多いことから、上記「会社売却の成功を実現する要件」が実施されるかどうかは、アドバイザーの選定により決まってしまいます。
中堅企業の売却を中心としたM&Aアドバイザーには、仲介業者だけでなく弊社も含めファイナンシャルアドバイザーが一定数存在します。M&Aアドバイザーとの契約は通常は専任契約であるため、選定に失敗したと思っても簡単に契約を解除することはできません。
したがって、売主はM&Aアドバイザーの決定という一番最初の選択が最も影響が大きい重要事項であることを認識する必要があります。
そこで売主が最初にとるべき行動として、以下を参考にしていただければと思います。
⑴ M&Aに関する基本的な知識を学ぶ
M&Aプロセスの全体像と進め方、企業価値評価手法の概要やM&Aアドバイザーの種類と業務内容などを理解していなければ、適切なアドバイザーを選定することは難しいでしょう。弊社は特に非上場会社のオーナー向けに会社・事業売却に必要な記事を掲載していますのでご参照ください。
⑵ 無料相談を利用する
会社、事業の売却相談はほぼ全てのアドバイザーで無料相談が可能ですので利用しない手はありません。しかし、M&Aについて何の知識もなく、適正な判断基準を持たないまま相談すると、業者に言いくるめられてなし崩し的に契約してしまいかねないため、事前に基本的な知識を持っておくべきです。
ただし、世間にはM&Aに関する誤った情報が多く流れており、何が真実であるのか判断することも難しいでしょう。そういった方々に向けた無料オンライン相談を行っておりますので、気軽にお申し込みください。
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