正常収益力分析(Quality of earnings analysis)とは、売却対象会社の一時的、非経常的な損益などを除外することで、会社本来の収益力を表すことを目的としており、一般的に調整後EBITDAの算出という形で表現されます。
ここでEBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization)とは、金利・税金・償却費前の利益のことですが、日本の実務においては通常、営業利益+償却費として算出されます。
調整後EBITDAは、このEBITDAに調整対象となる損益項目を加減することで算出されますが、この算出結果は企業価値評価に利用されることから、その算出は慎重に行われなければなりません。
正常収益力分析は、買主側の専門家による財務デューデリジェンスの手続の一つとして実施されますが、売主側のインフォメーションメモランダム(IM)においても記載されるようになってきました。
しかしながら、IMにおける売主側の調整項目が不十分であったり誤った調整が見られることがあります。これにより買主側よりも売主側の方が本来の収益力を低く認識してしまい、売買価格が低くなってしまうような事態は避けなければなりません。
そこで売主にとっても適切に正常収益力分析を実施するための調整項目とその分析・抽出のためのポイントを理解しておくことは重要です。
正常収益力分析の意義
正常収益力分析、すなわち調整後EBITDAを算出することの目的は適切な企業価値評価を行うことにあります。
類似企業比較法の一つであるEV/EBITDA倍率は、評価対象会社と類似する上場企業を選定し、その事業価値とEBITDAの倍率を評価対象会社のEBITDAに乗じることで事業価値を算出する方法です。ただし、評価対象会社が非上場のオーナー会社である場合、そのEBITDAの算出基礎となる損益計算書には、上場企業とは異なる特有の問題点が存在することがあります。
例えば、節税目的で事業に必ずしも必要ではない経費の使用によって利益が圧縮されている場合や、会計処理が一般に公正妥当と認められる会計基準(GAAP)と乖離がある場合などが該当します。このような場合には評価対象会社のEBITDAは歪みが生じていることから、これをそのまま評価に使用することは適切ではないと考えられます。
そこでこのようなEBITDAの歪みを生じさせている項目を特定し、これらをEBITDAの調整項目として加減したうえでEV/EBITDA倍率により評価を行うわけです。
また、DCF法で評価するための適切な事業計画を作成する際、発射台となる直近実績数値を平準化するためにも調整項目の特定及び加減が必要になります。
EBITDAの調整項目
EBITDAの調整項目として、実務的には①一時的・非経常的損益等に係る調整項目と②プロフォーマ調整項目に分類されます。
一時的・非経常的損益等に係る調整項目
一過性であり今後継続的に発生するものではない損益や会計処理の誤りや変更の修正のほか、費用のうち通常の発生水準を超過する部分などで、以下のような項目が該当します。
- 役員報酬、交際費などの費用で通常発生すると見込まれる水準を超過する部分
- 営業費用(売上原価・販管費)に計上されている一時的・非経常的な費用や事業に関連しない費用
- 営業外損益に計上されている損益で事業に関連して経常的に発生しているもの
- 特別損益に一時的に計上されている損益であるが、実態は事業関連で経常的に発生しているもの
- 売上・仕入取引等の営業活動における為替相場の変動の影響
- 営業損益に計上されている会計処理の修正・変更の影響
一般的にはEBITDAを営業利益+償却費により計算するので、この計算に含まれていない営業外損益及び特別損益のうち調整項目とすべきものはないか、営業利益の計算までに調整項目として除外または計上すべきものがないかという観点で調査します。
このうち、特に一時的・非経常的な費用の判断は難しい面があります。例えば一時的に広告宣伝費をかけていたり、コンサルティング費用を支払っていたりする場合、これによる売上増の効果がどれほどであったのか検証することは困難です。その効果が不明ということで費用のみ除外することは適切な調整とはならないでしょう。
また、在庫をまとめて廃棄をした場合の損失を特別損失に計上している場合、廃棄在庫がどの程度の期間で積みあがったものか、本来は毎期どの程度廃棄損の引当を計上しなければならなかったのかを検討し平準化したうえで調整項目とすべきと考えられます。
プロフォーマ調整項目
現時点以降の事業構造と過去の事業構造が異なる場合、過去の損益を現時点以降の事業構造での損益に合わせる調整を行うものであり、以下のような項目が該当します。
- 廃止した事業に係る損益
- 売却した連結グループ会社の損益
- 案件成立後の人員構成の変動の影響
- 事業売却の場合に承継対象でない管理部門等の費用
例えば、進行期に事業を廃止した場合、廃止事業のEBITDAを除外する調整が必要ですが、新規事業を開始した場合に、EBITDAへの影響額を過年度に遡及させるといった調整は通常行いません。
また、一時的な顧客や顧客の喪失による影響を除外することについては慎重に判断しなければなりません。当該事業を営むなかで、一度きりの顧客の発生や顧客の獲得・喪失が今後も発生しうるのであれば、これらを調整項目とすべきではないと考えられます。
事業売却の場合、事業の財務諸表(カーブアウト財務諸表)を別途作成し、EBITDAを算出した後に必要な調整項目を加減しますが、この調整項目には、案件成立後に必要であるが譲渡対象とはされていない管理部門の費用についても、一定の按分基準に基づいて算出することが必要になります。
分析対象及び期間
正常収益力分析は過年度の実績数値をもとに行われますが、その際の分析期間は直近12ヵ月の実績(LTM:Last Twelve Month)を利用します。上場企業のEV/EBITDA倍率は少なくとも四半期ベースで把握することができますが、評価対象会社が決算時の財務数値しか把握できず、財務データが古くなると、比較データとの対応関係は崩れてしまいます。
非上場会社でも適切に月次決算が行われていればLTMは直近月次+前期決算-前年同月という形で簡単に算出できます。しかしながら、例えば棚卸資産を継続記録法で管理しておらず、かつ実地棚卸は期末のみしか行っていない会社では期中の売上原価が不明であるためLTMを算出することはできません。
また、類似企業比較法は、実績数値であるLTMのほか、これから12ヵ月の予測数値(NTM:Next Twelve Month)も利用されますが、このように月次決算の精度が低い会社では、直近の粗利率の状況も不明であり、将来予測も説得力のある数値を提示することは難しいでしょう。
したがって、月次での管理会計を適切に行うことは、単に適時に業績等の把握を行うためだけではなく、会社を売却するうえでも非常に重要といえます。
結論
調整後EBITDAが企業価値評価に利用される以上、売主にとっては当該金額は大きい方が価値が高くなるため加算する調整項目を見逃してしまうことは避けなければなりません。合理的な買主はデューデリジェンスの過程で発見した減算すべき調整項目に関して指摘しても、加算すべき調整項目については何も言わないでしょう。
調整項目に関して一般に公正妥当と認められる会計基準があるわけではなく、抽出した項目についてもその項目が売主と買主でその内容や金額について必ず合意できるとも限りませんが、売主はEBITDAに加算される調整項目を漏らさず俎上にあげることが重要です。
調整項目とすべきかどうかは会計的な判断が含まれることから、財務デューデリジェンス経験が豊富な公認会計士による調査を依頼することが賢明と思われます。
ただし、直近での正常収益力分析を可能とするためには、月次決算が一定水準以上で行われていなければならないことに留意が必要です。
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