株式譲渡契約とは、契約当事者である売主と買主の間において、対象会社の持分である株式の譲渡を約することであり、当該契約に関する内容は、株式譲渡契約書において具体的に明文化されます。

 膨大な契約・取引関係を有し、かつ動態的な性質をもつ会社の売買においては、単に株式の引渡しと代金の決済に関する取り決めのみならず、対象会社から生じうる様々なリスクに対応した詳細な条項を設定しておかなければ、後日紛争が発生した場合に対応できません。

 このため、株式譲渡契約書は個別の譲渡契約ごとに取引当事者や対象会社の性質や状況を反映し、カスタマイズされ作成されていくことになりますが、実務上、契約書の枠組みは一般化されていることから、この枠組み自体を理解していなければ取引相手との交渉、合意は難しくなるでしょう。

 そこで、株式譲渡契約書における基本的な構成と、その構成要素である各種条項の役割・機能について理解する必要があります。

株式譲渡契約書の構成

 株式譲渡契約書の一般的な構成とそれぞれの内容は以下のとおりです。

1. 定義
 株式譲渡契約書において繰り返し使用される用語についての定義が記載されます。

2. 株式譲渡の基本条件
 売主が保有する対象会社の株式を買主に譲渡するにあたり、譲渡する株式数及びその対価としての金額が記載されます。

3. 取引の実行(クロージング)
 クロージングの日時・場所、株式譲渡の方法、代金の支払方法などが記載されます。

4. 取引実行の前提条件(Condition Precedent, CP)
 クロージングを実行する前提条件として、売主及び買主のそれぞれが履行しなければならない義務が記載されます。

5. 表明保証(Representations and Warranties)
 売主及び買主のそれぞれが、契約締結日時点(及びクロージング日時点)において一定の事項が真実かつ正確であることを相手方に表明し保証するものです。

6. 誓約事項(Covenants)
 株式譲渡に付随して、契約締結日からクロージングまで及びクロージング日以降の期間において相手方に対して一定の行為を行うことまたは行わないことを約束するものです。

7. 補償
 表明保証違反や契約上の義務違反による損害を賠償する旨、補償範囲、金額や期間などが記載されます。

8. 解除
 株式譲渡契約締結日からクロージング日までの間に、契約上の違反の発生により当初想定していた事実関係が変更するような場合には、契約を履行せずに解除・終了させることができるという規定です。

9. 一般条項
 秘密保持契約、救済手段の限定や準拠法など定型的な条項が記載されます。

各条項の役割と記載事項

 株式譲渡契約書は、株式の売買に関する契約であるため、株式の引渡しとその対価の支払に関する記載が必須となります。

 このほか、買主は売買契約の締結にあたって対象会社の情報を全て知ることはできないこと(情報の非対称性)、一般的には契約締結日からクロージングまでに一定の期間を要することなどから、これらに対応するための条項が定められます。

⑴ 株式譲渡の基本条件

株式の対価は契約時において固定額とするケースとクロージング日以降にその価格を調整するケースがあり、後者のケースでは、計算式を含む調整方法が規定されます。
(「5. 売却価格調整の必要性」参照)

⑵ 取引実行の前提条件

 規定された義務が履行されない場合には相手方は取引から離脱することができます。したがって、前提条件は一般的に以下のような重要事項が含まれることになります。

  • 重要な表明保証・誓約事項違反
  • 許認可・競争法上の届出等
  • 株式譲渡制限会社における株式譲渡の承認
  • 辞任役員の辞任届の提出

 このほか、以下のような事項が前提条件とされることがありますが、これらは各当事者がコントロールできないものであるため、売主はこれらを前提条件とすることについて慎重に判断すべきです。

  • チェンジオブコントロール条項がある重要な契約についての相手方からの同意の取得
  • ファイナンス・アウト条項(買収資金の調達)
  • MAC条項(対象会社の事業等に重大な悪影響を及ぼす事項が生じていないこと)
  • キーマン条項(特定の役職員の任用・雇用の継続)

⑶ 表明保証

 重要な表明保証違反は取引実行の前提条件が満たされないことになり、取引実行前であれば相手方は取引から離脱することができます。また、表明保証違反は補償条項の原因となり相手方は補償の請求が可能です。

 契約締結以前に表明保証違反の事実が認識されている場合には、別紙にその事実を記載することで表明保証の対象から除外することができます。このため、対象会社に関する表明保証については、売主は表明保証違反を回避するよう該当事実を開示し、買主はこれを売買価格に反映させることができます。

売主及び買主に関する表明保証の例

  • 有効に設立及び存続していること(法人)/意思・行為能力を有する成人であること(個人)
  • 契約の締結及び履行権限を有していること
  • 強制執行が可能であること
  • 法令等への抵触が存在しないこと
  • 倒産手続等が存在しないこと
  • 反社会的勢力との関係がないこと
  • (売主が)株式を保有していること

対象会社に関する表明保証の例

  • (法人が)有効に設立及び存続していること
  • 株式(および潜在株式)に関する事項
  • 子会社・関連会社の資本関係
  • 財務諸表(計算書類等)が正確であること
  • 簿外債務が存在しないこと
  • 税金、社会保険が適切に支払われ、手続等が適正に行われていること
  • 役員・従業員に関する潜在債務がないこと
  • 有形・無形資産の所有権、使用権限を有し、担保権等が存在しないこと
  • 不動産の有効な所有権・賃借権を有しており、担保権などの制約等が存在しないこと
  • 知的財産権の有効な所有、使用権限を有しており、担保権などの制約等が存在しないこと
  • 重要な契約が有効に存続し、事業運営を制限する契約が存在しないこと
  • 許認可等が適法かつ有効に取得し維持しており、制限される事由は存在しないこと
  • 反社会的勢力との関係がないこと
  • 紛争及び紛争に発展する可能性のあるものは存在しないこと

⑷ 誓約事項

 誓約事項は、株式売買に関する代金の支払と株式の引渡しという主たる義務以外の付随的な義務であり、クロージング前の誓約事項とクロージング後の誓約事項に分類されます。

 重要なクロージング前の誓約事項違反は、取引実行の前提条件が満たされないことになり、相手方は取引から離脱することができます。また、クロージング前及びクロージング後の誓約事項違反は補償条項の原因となり相手方は補償の請求が可能です。

クロージング前の誓約事項の例

  • 事業運営に関する禁止事項(ネガティブコベナンツ)
  • 株式譲渡の取締役会承認決議の実施
  • チェンジオブコントロール条項のある契約についての相手方からの同意
  • 株主間契約、移行サービスに関する契約(Transition Service Agreement)等の締結
  • 売主との取引・契約関係の解消
  • デューデリジェンスにおける発見事項の改善
  • 買収資金の調達に関する努力義務
  • 独占交渉義務
  • 表明保証違反・契約違反・前提条件を充足できない場合の通知義務

クロージング後の誓約事項の例

  • 競業避止義務
  • 従業員等の勧誘禁止義務
  • 従業員の雇用維持に関する義務

⑸ 補償

 表明保証違反や契約上の義務違反により発生する補償額は、株式譲渡契約に定められる①損害の範囲、②補償金額の制限、③補償期間などにより変動するため、契約交渉上の重要な論点となります。

①損害の範囲:特別損害、逸失利益、弁護士費用などを含めるかどうか
②補償金額の制限:上限及び下限の設定、下限を超過した場合の補償額(超過額または全額補償)
③補償期間:補償請求権が行使可能な期間の設定

結論

 株式譲渡契約書は、契約締結後に不利益や損失が判明した場合に当事者間でそのリスクをどのように分担するのかを決定する役割を有しています。

 売主としては、契約交渉において取引の不成立や金銭的支出を避けるため、取引実行の前提条件や対象会社に関する表明保証、誓約事項、補償の範囲をなるべく限定し、リスク負担を軽減したいと考えるでしょう。

 しかし、買主は売主ほど対象会社に関する情報を持っていないため、より保守的になり前提条件、表明保証の範囲を広くしたいと考えるのが通常です。

 したがって売主としては、不合理な要求までのむ必要はないものの、交渉成立のためには現実的な発生可能性、金額や帰責性などを考慮して適度なリスク負担水準で合意することが必要となるでしょう。

 また、契約締結前から売主が把握している問題点を隠したまま契約が成立しても、その後表明保証違反・契約義務違反が判明し、取引の不成立や金銭的な補償が発生することで、より大きな負担となってしまう可能性が高いので、把握している問題点については積極的に開示することが望まれます。

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